前立線がんについて

前立腺がん患者数は年々増えており、今では日本人男性の11人に1人がかかる病気になっており、胃がん、肺がん、大腸がんと並んで、男性が最も気をつけなければいけないがんのひとつです。 前立腺特異抗原(PSA)検査を用いた前立腺がん検診を受診すれば早期発見が可能です。前立腺内にがんが留まった状態で発見できれば、適切な治療により完治できる可能性が非常に高くなります。50歳を過ぎた男性は、PSA検診を受診することで、前立腺がんで命を落とす危険が明らかに低くなることが、質の高い研究で明らかになっています。 NPO前立腺がん検診推進ネットワークは、前立腺がん検診の正しい普及を目指して活動しております。その活動の一環として、前立腺がん検診、診断方法、治療について新しい情報を紹介いたします。

1.前立腺とは?

前立腺は栗の実のような形をした小さな臓器で、膀胱と外尿道括約筋(排尿をコントロールする筋肉)の間にはさまれるように位置しています。重さは¬15~20gしかありません。 前立腺の主な働きは、精液の20~30%を占める「前立腺液」の分泌です。前立腺の中は4つの部分に分かれています。尿道を取りまくようにして中心部にある移行領域は、正常では前立腺の1割弱を占めているのみです。この移行領域が大きくなるのが前立腺肥大症です。前立腺の外側は辺縁領域と呼ばれ、正常では前立腺の約7割を占め、前立腺がんの好発部位です。その他、射精管を取り囲むように存在する中心領域と、前立腺の前面の前線維筋性間質があります。

前立腺の位置と内部の詳しい構造

(公益財団法人前立腺研究財団 PSA検診受診の手引きより引用)

2.前立腺がんとは?

前立腺がんは、尿道から離れた辺縁領域にできやすいため、早期がんは無症状です。前立腺の周囲にがんが広がる、あるいは転移がんに進行するまで、一般的に自覚症状は現れません。また、がんと肥大症はともに中高年男性に好発するため、前立腺がんと前立腺肥大症が同時に発症していることも多く、排尿に関する症状だけでがんと肥大症を区別するのは困難です。何らかの排尿に関する症状が出てから泌尿器科を受診してがんが見つかった場合、約30%に転移があるとデータもあります。そのため、早く見つけるためには、検診の受診が非常に重要です。

前立腺肥大症と前立腺がんの違い

(公益財団法人前立腺研究財団 PSA検診受診の手引きより引用)

3.本邦における前立腺がんの患者数・死亡数の推移

米国では、男性がんの中での前立腺がんは罹患率が1位、死亡率も肺がんに次いで2位と、社会問題になっています。しかし、1980年代後半から、「PSA 検査」による前立腺がん検診が普及し、現在は50歳以上の男性の約75%の方が検診を受診した結果、転移がんが激減したため、1993年から2015年の間に、死亡率が52%も低下しました。本邦では、高齢化、食生活の欧米化、がん診断技術の進歩などの影響で前立腺がん患者が急速に増えています。男性がんの罹患数(新しく発症するがん患者数)は、厚生労働省の全国がん罹患数によると、胃がん、前立腺がん、大腸がん、肺がんが非常に多く、前立腺がんは、男性が最も気をつけなければいけないがんの一つです。前立腺がんによる死亡者数(推計値)は、1970年の調査以降、増加傾向にあり、2014、2015年に一時的な減少がありましたが、その後再び増加しており、2017年には12,013人と、乳がんでの死亡数とほぼ同じ数の方が、前立腺がんで亡くなっています。

日本の男性がん罹患数 (2016年)

(平成28年 全国がん登録 罹患数・率 報告.厚生労働省健康局がん・疾病対策課.[home page on internet]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000553552.pdf より作図)

4.早期発見の切り札「PSA検査」

前立腺がんの早期発見のためには「PSA 検査」が有効です。「PSA」は、精子を液状化する働きのある糖タンパク質で、前立腺から分泌されています。PSAは通常は血液の中には少しだけ漏れ出るだけですが、前立腺がんになると血液の中に漏れるPSAタンパクが増え、がんが広がるほど血液中のPSA値は高くなります。このため、血液中のPSA 値を測定すると、自覚症状のない早い段階の前立腺がんが発見できるのです。最新の研究でも、PSA 検診の受診により、前立腺がんの死亡率が確実に下がることが証明されています。本邦では、PSA 検診は、83%の市町村の住民検診で実施されておりますので、お住まいの市町村にお尋ねください。また、人間ドックでも約90%の施設でオプション検査としてPSA検査が実施可能です。一般の医療機関では、排尿に関するトラブルがあったり、前立腺がんを疑わせる何らかの症状があったりする場合、医師の判断によりPSA測定を勧められることがあります。

前立腺がんにおけるPSA値上昇のメカニズム

(シスメックス株式会社 前立腺がんのおはなし~PSA健診で早期発見~伊藤一人監修より引用)


5.前立腺がん検診受診の流れ

PSA検査は1)住民検診、2)人間ドックのオプション検査、3)一般医療機関(何らかの自覚症状があり、医師により前立腺がんが疑われる場合には、ほとんどすべての医療機関で実施が可能)、で受けることができます。住民検診での対象年齢は、50歳以上が一般的ですが、人間ドックや、排尿に関する症状があり医療機関でPSA検査を受ける場合、ご家族(親・兄弟)に前立腺がんの方がいる場合には、40歳からのPSA検査が勧められています。精密検査が必要になるPSAのカットオフ値(この値を超えると精密検査が必要になるボーダーライン)は4.0ng/㎖あるいは年齢階層別PSAカットオフ値(64歳以下:3.0ng/㎖、65〜69歳:3.5ng/㎖、70歳以上:4.0ng/㎖)が推奨されています。

前立腺がん検診・PSA検査から精密検査受診までの流れ

(公益財団法人前立腺研究財団 PSA検診受診の手引きより引用)

6. PSA値がカットオフ値を超えた場合におこなう精密検査

PSA検査がカットオフ値を超えた場合には、泌尿器科専門医のいる医療機関へ、精密検査のための受診をする必要があります。精密検査では、一般的に①直腸診(直腸より医師が前立腺を触診し、がん特有の硬結、前立腺の形の乱れなどがないか確認)、②経直腸的超音波検査(直腸に専用の超音波の器具を挿入し、前立腺がん特有の「低エコー域」といわれる黒く見える部分がないか観察)、③PSA値の再検査を行います。精密検査を受診した約半数の方(①~③の検査でよりがんの疑いの強い方、健康状態が良好な方など)が、前立腺生検へと進みます。

前立腺の直腸診の様子と正常・肥大症・がんの鑑別方法

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著より引用)
経直腸的超音波検査による前立腺がんの診断(A:正常、B:前立腺がん)
白矢印:前立腺の輪郭、赤矢印:前立腺がん(超音波で低エコーに描出)

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著より引用)

前立腺がんの確定診断のための前立腺生検は、外来で無麻酔で行う場合と、入院で麻酔をかけて行う場合があり、施設により違いがあります。生検方法は、超音波検査で前立腺を観察し、会陰(肛門と陰嚢の間の皮膚)あるいは直腸から生検針を前立腺内に進める方法があり、平均10~12カ所程度の部位から前立腺組織を採取します。通常、麻酔を除いた検査時間は15分程度です。前立腺生検後は、軽い出血(血尿、血便など)を約15%の方に認めますが、何らかの治療が必要な出血は0.8%以下で、重篤な合併症は非常に稀です。

経直腸的超音波検査ガイド下の前立腺生検の様子(A)、
経直腸的超音波検査(TURS)横断面での生検針刺入時の様子(B:白矢印が生検針)、
経直腸的超音波検査縦断面での生検針刺入時の様子(C:白矢印が生検針)

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著より引用)

PSA値が高いほど、がんと診断される可能性が高くなります。一般的には、PSA値が4〜10ng/㎖であれば約30%、10~20ng/㎖では約40%でがんが発見されます。一方で、生検を受けても前立腺肥大症や炎症と診断される方もいます。生検で良性の病気と診断された場合でも、小さい前立腺がんが見逃されることもありますので、専門医と相談し、引き続き定期的にPSA検診を受けることをお勧めします。最近は、一部の医療機関で、MRI検査でがんを疑う異常所見がある場合に、前立腺生検時に前立腺を観察する経直腸的超音波検査と事前に撮影したMRI検査の画像を融合させて、より正確にがんを疑う部位に生検針を刺すことのできる、最先端のMRI融合狙撃生検ができるようになりました。より正確にがん診断ができることがすでに証明されておりますので、希望する方は、主治医の先生にご相談ください。

MRI画像に連結させたエコー画像による狙撃前立腺針生検装置

(医療法人 社団美心会 黒沢病院泌尿器科での最先端のMRI融合狙撃生検のシステム例)

7.前立腺生検で採取した組織の顕微鏡での悪性度分類:グリーン・スコア

国際的な前立腺がんの病理組織分類法として、最も頻繁に用いられているのがグリーソン分類(病理学のDr.グリーソンにより提唱された非常に優れた前立腺がんの病理診断法)です。基本的には前立腺がんの組織の乱れかたとか浸潤の仕方により5段階のグリーソン・グレードに分け、最も優勢なグレードと次に優勢なグレードを合計してグリーソン・スコアとして表します。前立腺がんが診断された場合には、必ずこの悪性度分類がつきます。グリーソン・スコアは高いほど予後不良であり、スコア6は悪性度が低い、7は中間の悪性度、8は悪性度が高い、9-10は非常に悪性度が高い前立腺がんと分類され、手術、放射線治療、ホルモン療法などあらゆる治療後の再発率が、グリーソン・スコアによって異なりますので、主治医より詳しく話を聞き、悪性度に応じたより適切な治療選択を行うことが重要です。

前立腺生検で採取した前立腺組織の顕微鏡での病理診断の様子と悪性度評価(グリーソン・スコア)

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著 より引用)

8.前立腺がんの治療法について

前立腺生検でがんが発見された場合、前立腺がんの病気の進み方は、CTスキャン、MRI、骨シンチグラム、直腸診、超音波検査などによって調べます。病気の進行・年齢・他の重い合併症の有無などによって、専門医よりあなたに適している治療法が提案されます。病気の進行に応じた主な治療方法を以下に示します。それぞれの治療の利点・欠点を理解していただくことが大切です。早期がんほど根治しやすく、いろいろな治療の選択肢があり、より自分にあった治療法を選ぶことができます。

前立腺がんの進行度別の治療法の概要

(シスメックス株式会社 前立腺がんのおはなし~PSA健診で早期発見~ 伊藤一人監修 より引用)

①手術療法:前立腺全摘除術

前立腺と精嚢(せいのう)を取り出し、膀胱と尿道をつなげることで根治をめざす手術です。同時に、骨盤の中の一部のリンパ節も取り除きます。以前は、下腹部を切開するのが一般的でしたが、最近は、ほとんど開腹手術は行われなくなりました。現在は、腹腔鏡を使用し、モニターに映し出された画像を見ながら行う腹腔鏡手術、あるいは最近ではロボット補助下の鏡視下手術が普及して標準治療となっています。

前立腺全摘除術での摘除臓器(点線)と腹腔鏡手術と開腹手術の傷の違い(赤点腺)

腹腔鏡手術と開腹手術の傷
前立腺全摘出の場合

②放射線外照射療法

前立腺に体外から放射線を照射し、がん細胞の増殖を抑制する治療が放射線外照射療法です。治療効果が高く、合併症が少ない最新の強度変調放射線療法(IMRT)、あるいは実施可能な施設はごく限られますが、重粒子線の実施が推奨されています。

強度変調放射線療法(IMRT)での治療の様子と重粒子線治療施設

③組織内照射療法

前立腺に直接、放射線を放出する線源(小さいカプセル)を入れて前立腺の中から放射線をがんに対して照射するのが組織内照射療法(小線源治療;ブラキセラピー)です。小線源治療にはヨウ素125密封小線源永久挿入療法(シード治療)とイリジウム192という非常にエネルギーの高い放射線を一時的に挿入する高線量率組織内照射療法があります。シード治療は経直腸的超音波を使用して前立腺を観察しながら、専用の治療計画装置を用いて、会陰部(肛門と陰のうの間の皮膚)から専用の針を刺し、前立腺内に50~100個程度のシードを入れていきます。手術時間は1時間ほどで、入院は3〜4日で、退院後の社会復帰も速やかにできます。

組織内照射療法での治療の様子(A)、線源挿入後のレントゲン写真(B)

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著より引用)

④ホルモン療法

前立腺がんの発生・増殖には男性ホルモンが強く関わっています。そこで、男性ホルモンの分泌や働きを抑制してがんの増殖を防ぐ方法が「ホルモン療法」です。手術で両側の精巣を取り除く方法と、1か月、3ヶ月、あるいは6か月ごとに薬を注射する方法があります。抗男性ホルモン薬(内服薬)を注射と一緒の用いる場合もあります。治療後数年間は効果が続く場合が多く、転移がんでも9割以上に効果が期待でき、しかもその効果は通常数年間は持続します。日本では、特にご高齢の方で、手術や放射線治療を希望しない場合には、早期の前立腺がんにも初期治療として行いますが、長期間にわたり再発せずにがんを抑制できることがわかっています。

ホルモン療法における様々な治療とその作用機序

(シスメックス株式会社 前立腺がんのおはなし~PSA健診で早期発見~ 伊藤一人監修より引用)

⑤監視療法

前立腺生検の結果やPSA 値などから、がんの性質がおとなしいと予測される場合、すぐには根治的な治療を行わず、PSA を定期的に測定しながら待機することがあります。これまでの報告では、治療を先延ばしすることによる危険性はそれほど高くないのですが、一部のがんは診断時の予測よりも速く病勢が進行することがあるので、経過観察中に、PSA の測定だけでなく、再度生検を定期的に行うこともすすめられています。経験豊富な専門施設で慎重に経過観察をすることが大切です。

監視療法の適応と経過観察方法

適応

癌の性質がおとなしいと予測されている症状
(グリーソン・スコア6以下・PSA10ng/mL以下・臨床病期T2NOMO以下、生検陽性 本数2本以下・PSA density※0.20以下など)

※PSA density︰PSA値を前立腺体積で補正した指標

経過観察方法

1) PSAの定期的な測定(3年以内は3ヶ月ごと)
PSA倍加時間が長い場合(10年以上):監視療法継続

2) 前立腺生検を1・4・7年後に実施
さらにPSA倍加時間が10年以下の場合:追加補完生検実施 癌の悪性度が高くなった場合(グリーソングレードのアップグレード/癌陽性本数3本以上)には積極的治療開始

(シスメックス株式会社 前立腺疾患の診断と治療 伊藤 一人/著より引用)

本邦で急増している前立腺がんに対する対策は急務です。増加傾向にある本邦での前立腺がん死亡数を低下傾向へ向かわせるためには、前立腺がん検診受診率の向上が必要です。
是非とも、中高年男性の皆様は、前立腺がん検診についての正しい知識を身につけていただき、前立腺がんの利益と不利益をよく知った上で受診の判断をすることが大切です。公益財団法人前立腺研究財団より発刊されている「PSA検診受診の手引き」では、検診受診の利点と欠点、そして利益と不利益のバランスについてわかりやすくまとめられています(公益財団法人前立腺研究財団ホームページ)。
そして前立腺がんが診断された際には、泌尿器科・放射線科の専門医とよく相談して、自分自身の生活スタイルや生き方にあった、良い治療を選んでいただきたいと考えています。NPO前立腺がん検診推進ネットワークは、それらの一助になれればとの思いで設立された特定非営利活動法人です。今回の情報提供が、少しでも皆様のお役に立てると幸いです。